アメーバーニュースよりH2712/28

 

ハクビシンは、中国語で「果子狸」と表記する。タヌキに似ており、文字どおり果実(フルーツ)を好んで食べるジャコウネコ科の動物だ。野生動物のくせに手先が器用で、ご丁寧にもミカンの皮をむいて盗み食いをする。
果樹園を荒らす害獣ハクビシン

日本語では「白鼻芯」という漢字が当てられているとおり、ハクビシンは鼻筋が白いタヌキっぽい生き物だ。ネコ目ジャコウネコ科の動物であり、日本ではおもに四国地方に生息している。
ハクビシンは、中国や東南アジアでは「おいしい肉」として認知されているようだが、日本国内でわたしたちが口にする機会は皆無といってよい。『日本人は、どんな肉を喰ってきたのか?』(田中康弘・著/エイ出版社・刊)には、高知県のミカン果樹園を荒らすハクビシンについてのルポタージュが掲載されている。駆除したのち食べるのだ。

ミカン農家とハクビシンの戦い

ミカンの敵は、シカとハクビシンだ。1個のミカンが実るためには25枚の葉っぱが必要なのだが、それを野生のシカが食べてしまう。葉っぱを守ることができても、実ったミカンをハクビシンがつまみ食いする。高知県で果樹園をいとなむ長野さんは、くやしい思いをしていた。
やられたらやりかえす、倍返しだ。しかし、たとえ害をなす獣(けもの)であっても、日本国内では許可なく駆除することを許されていない。ネコやイヌを虐待から守るための「動物愛護法」があるように、害獣といえども「鳥獣保護管理法」によって取り扱いが厳密に定められているからだ。
ハクビシンは「鳥獣保護管理法」によって「狩猟鳥獣」に指定されており、免許を持っていれば狩猟期間中は捕獲が許可されている。くだもの農家なのに狩猟免許を取得した長野さんは、やがて箱罠(はこわな)によって駆除に成功する。

ハクビシンを味わう

「ミカンの被害は肉で弁償してもらう」
その言葉通りに、長野さんは鹿や猪の肉を経済に変えている。食肉処理や販売の免許を取得して地元の産直市場で売っているのだ。ここまでやる人は実は非常に珍しい。有害駆除で仕留められた獣の有効活用が全国で叫ばれているが、実際にはそのほとんどが未処理で廃棄されている。
(『日本人は、どんな肉を喰ってきたのか?』から引用)
狩猟といえば「銃」を思い浮かべるかもしれないが、ハクビシンは「箱罠」で捕獲できる。いまはAmazonでも買えるらしく、1個につき1万円程度で入手可能だ。
ハクビシンの調理方法を説明しよう。まずは、吊るして血抜きをしたのち皮をはぐ。内蔵をごそっと抜き取り、部位ごとに切り分けていく。ハクビシンは小さな動物であり、家庭用サイズのまな板におさまるので解体しやすいそうだ。ロース、ヒレ、モモ肉に切り分ける。
本書『日本人は、どんな肉を喰ってきたのか?』では、ハクビシンの焼き肉とハクビシンのすき焼きが紹介されている。臭みはなく、脂は牛肉よりもあっさりしており、噛めば噛むほど味がにじみ出てくるそうだ。

日本人の肉食文化と殺生観

さかのぼること縄文時代から、日本に住む人々はあらゆる肉を食っていた。生きるために「食べられるものは何でも食べていた」と言ったほうが正確だ。サル・キツネ・ムササビなど、古代のゴミ捨て場である「貝塚」からはさまざまな動物の骨や歯が出土されている。
弥生時代以降に農耕技術が発達すると、肉食への依存度が減っていく。肉よりも穀物のほうがカロリー効率が良いからだ。しかもコメや麦などは大量に貯蔵できるので、獣をあわてて追いかけまわす必要もなくなっていった。
だが、中世以降の日本人が肉を食べなかったわけではない。
たしかに、日本書紀には肉食禁止令らしきものが記録されている。奈良時代である675年には「ウシ・ウマ・イヌ・サル・ニワトリ」の殺生禁止令が布告されるが、農作業の動力源としての家畜の保護が目的であり、指定されていない動物の肉ならば食べても良かった。
日本の仏教において、肉食を禁止しているというよりも、動物を殺すこと(殺生)を禁じている意味合いが強い。浄土真宗は肉食を禁じていないし、禅宗においても「布施された肉」を食べることがある。多くの宗派は、食欲を満たそうとして「殺生」することを忌避しているのだ。
その後、鎌倉時代?江戸時代にいたるまで、肉食を汚らわしいものであると忌避していたのは、「祭祀」に関わる人々、貴族仏教を信仰する人々であって、武家や庶民のあいだではよく食べられていたようだ。日本の場合、魚や鳥肉のほうが好まれていたというだけで、むかしの日本人が獣肉の味を知らなかったわけではない。

「おなじ穴のムジナ」も食べられる

『日本人は、どんな肉を喰ってきたのか?』では、ハクビシン以外の獣肉についても知ることができる。イノシシ猟については、本州と沖縄のちがいが興味ぶかい。寒冷地と亜熱帯では、表皮の処理方法や肉のさばき方が大きく異るからだ。その理由とは?
日本のむかし話で「タヌキ汁」をよく見かけるが、ほんとうに食べられるのだろうか。猟師のなかには「タヌキなんて臭くて食えたもんじゃない」という意見も多い。タヌキの呼称はさまざまであり、地方によってはムジナと言ったりアナグマと言ったりする。獣肉ハンターである著者は、大分県にてタヌキ汁の真相を知ることになる。
ほかにも、罠猟で仕留めた鹿肉しか使わないレストランや、北海道のトド漁についても取材している。獣肉あるところに、かならず猟師あり。解体作業を撮影したカラー写真がたくさん収録されているので、本書は単なるグルメ本にとどまらない貴重な資料集だ。
 
(文:忌川タツヤ)